高橋克明 ― 畳に刻まれた九代の記憶を紡ぐ、小石川の畳職人
畳に刻まれた九代の記憶を紡ぐ、小石川の畳職人
「畳とは、私にとって人生そのものです。」
その言葉は、まるで長年使われてきた畳のい草のように、深く、穏やかな響きを持っていた。東京都文京区、小石川の地で九代続く畳職人、高橋克明氏。彼の背中には、祖父、そのまた祖父から受け継がれた、伝統と技の記憶が何層にも重なり合っている。彼の仕事は、単に畳を敷くことではない。それは、日本の暮らしの文化を未来へと繋ぐ、静かで、しかし力強い営みなのである。

幼少期・学生時代や原点
高橋氏の原点は、生まれ育ったこの小石川の地、そして祖父の代から続く畳屋だった。幼い頃から、い草の匂いに包まれ、職人たちの手仕事を見て育った彼は、ごく自然にこの道へと足を踏み入れた。家業を継ぐ前に、あえて京都で五年間修行を積んだ経験は、彼の職人としての礎を築いた。
「家業を継ぐと決めてから、まずは京都へ行きました。伝統を守りながらも、新しいものを取り入れる京都の文化に触れ、視野を広げたかったんです。」
京都での修行は、彼に技術だけでなく、職人としての心構えを教えた。伝統を重んじつつも、常に新しい学びを求める姿勢は、その後の彼の仕事に深く影響を与えている。それは、古くからある畳という文化を、現代の暮らしに溶け込ませるための、彼の静かなる挑戦でもあった。
夢や転機
家業を継いでからの高橋氏のキャリアは、すでに30年を超えている。その長い道のりを支えているのは、「仕事が楽しい」という純粋な気持ちだ。しかし、時代の流れとともに、和室のある家は減り、畳の需要は減少傾向にある。この現状に、彼は静かな危機感を抱いている。
「和室のない家が増え、畳の需要は減ってきています。このままではいけない、という危機感は常に持っています。」
この危機感は、彼をさらに前へ進ませる原動力となっている。伝統を守るだけではなく、現代のニーズに合わせた新しい畳のあり方を模索し、畳の魅力を多くの人に伝えるための活動にも力を入れている。彼の挑戦は、畳という文化を消滅させないための、静かな闘いなのだ。
活動や理念
高橋氏の畳職人としての哲学は、素材への深い理解と、伝統的な技法への敬意に基づいている。時代の変化とともに、使われる素材は変わってきたが、畳そのものの本質は変わらないと彼は語る。そして、彼の店は、かつて御所の前で代々仕事をしてきたという歴史を持つ。その重みが、彼の仕事への真摯な姿勢を形作っている。
「畳に使う素材は、時代とともに変わってきていますが、畳そのものの本質は昔も今も変わらないと思っています。」
この言葉は、彼が畳を単なる建材としてではなく、日本の暮らしに欠かせない文化として捉えていることを示している。彼は、畳が持つ、い草の香りや、素足に心地よい感触を、次の世代へと伝え続けることを使命としている。

技術・道具・挑戦
高橋氏の仕事は、時代の変化に合わせて進化してきた。かつては、客の家から畳を一度持ち帰り、店で新しいものを製作して後日納品するスタイルだった。しかし、現代の忙しい暮らしに対応するため、今では一日で引き取りから納品までを完了させるようになった。
「昔は、畳を預かってから新しいものを作っていましたが、今は朝お預かりして、夕方には納品する、という一日で完結する形に変わりました。」
この変化は、伝統的な技術を守りつつも、柔軟に時代の要請に応えてきた高橋氏の挑戦の歴史でもある。彼は、顧客の生活スタイルに寄り添うことで、畳という文化が現代の暮らしの中に生き続ける道を切り拓いている。

現在の活動と信念
高橋氏にとって、畳はまさに「人生の全て」だ。30年以上、この道一筋で生きてきた彼の言葉には、揺るぎない重みがある。彼は、畳職人としての誇りを胸に、日々技術を磨き、顧客一人ひとりの暮らしに寄り添う畳を作り続けている。そして、畳という文化を未来へと繋ぐために、彼は静かに、そして着実に歩み続けている。
「畳は、私の人生の全てです。この仕事が楽しいから、30年以上続けてこられたのだと思います。」
この言葉は、彼の仕事に対する深い愛情と、職人としての真摯な姿勢を物語っている。彼の信念は、ただ単に家業を継ぐことではなく、この美しい文化を後世に残すことにあるのだ。
残すという選択。ARTRELICとの出会い
「これまで私は、“その場で感じてもらえれば十分”と思っていました。」
高橋氏はそう語る。畳は、その香り、質感、そして使われる時間の中で初めてその真価を発揮するものだと考えていた。しかし、デジタルアーカイブサービスARTRELICとの出会いが、彼の価値観に新たな視点をもたらした。「未来に残す」という概念だ。彼は、自身の技術や、畳に対する思考プロセス、そして何代にもわたる歴史をアーカイブすることに挑戦している。それは、彼の「記憶」を、時代を超えて未来に伝えるための、新しい試みである。

活動をもっと知るには?
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まとめ:静かな余白に、心が映る
高橋克明氏の作品、すなわち畳は、派手な主張を持たない。しかし、その静かなる佇まいの中に、長年にわたり培われた職人の技術と、日本の暮らしの文化が凝縮されている。完璧を求めず、不完全なものの中に美しさを見出す彼の眼差しは、私たちの日常に潜む小さな「揺らぎ」を愛でることの大切さを教えてくれる。彼の仕事と活動は、未来へと続いていく記憶の層を、静かに、そして確かに積み重ねていく。それは、時代を超えて人々の心に深く響く、静かなる物語なのだ。
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